Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わがじんせいかん

我が人生観

坂口 安吾

Lisez 我が人生観 (わがじんせいかん) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 5 871 caractères · 12 écrans

Aozora Bunko

なにぶん、新聞小説というものは、営業の方の責任の一半をうけもつことになるから、書く身はつらく、オックウになる。

先日、文藝春秋新社の熱海遠足があり、私は宴会に招待された。そのとき、宴会に侍った芸者が、廊下で立話をしている。

「文藝春秋って、あんた、文藝ハルアキのことじゃないの。バカにしてるわ」

「そうなのよ。変に読んで通がってるよ」

と云って、社員どもをバチの半可通にしてしまい、腹を立てていた。察するに、熱海芸者の中には文藝ハルアキ党が多いらしい。

新聞小説の読者というものは、こういう人種が含まれているのだ。おまけに、こうした人種が何よりの浮遊読者で、小説がつまらないと、ほかの新聞に換えたりする。作者のうけもつ営業上の責任は、こうした人種の好みによるところが多いのじゃないかと思われる。文藝ハルアキなどという読者について考えると、新聞小説などはコンリンザイ書くものかとも思うのである。

けれども、それだから、なお書きたいような気持にもなるのだ。この人たちは、文芸批評の先入主もなく、作者についても何もしらない。小説とは何ぞや、そんなことも考えず、他によって誘導された読み方をしない。