Classiques japonais avec furigana
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
Lisez 日本合戦譚 (あねがわのかっせん) de 菊池 寛 (きくちかん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 154 771 caractères · 313 écrans
このため、上杉、武田両家とも別にどうなったわけでなく、川中島は元のままであった。
損傷を比べて見ると、
上杉方
死者三千四百
武田方
死者四千五百
これで見ると、武田方の方がひどくやられている。その上弟信繁は討死し、信玄自身、子の義信も負傷している。上杉方は、名ある者は、一人も死んでいない。また作戦的には、武田方は巧みに裏をかかれている。
しかし、戦国時代では戦争の勝敗は「芝居を踏みたるを勝とす」としてある。芝居と云うのは、多分戦場と云うことであろう。つまり戦場に居残った方が勝である。そう考えると、武田方が勝ったことになる。
豊臣秀吉が、川中島の合戦を批評して、「卯の刻より辰の刻までは、上杉の勝なり、辰の刻より巳の刻までは武田方の勝なり」と云っているが、これは一番正当な批評かも知れない。その後、永禄七年の戦に、甲越両軍多年の勝負を角力に決せんとし、甲軍より大兵の安間彦六、越軍より小兵の長谷川与五左衛門を出して組み打ちさせ、与五左衛門勝って、川中島四郡越後に属したとあるが、之は嘘らしい。
川中島合戦の蒔、信玄は四十一歳、謙信は三十二歳である。秀吉に云わせると「ハカの行かない戦争を」