Classiques japonais avec furigana
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
Lisez 東山時代における一縉紳の生活 (ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ) de 原 勝郎 (はらかつろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 69 142 caractères · 134 écrans
そこで実隆はさらに一歩を進めて、永正七年の春にはその年の分を前借したらしいが、それにもかかわらずその年末に相変らず千疋到来した。それ故に実隆も「もっとも大いなる幸なり」と日記にしるしてある。
美濃からの収入というは主なるはその国衙料であって、これは直接に取り立てるのではなく、美濃の守護土岐氏の手を経由するものである。ただし土岐氏がみずからこれを取り扱うのではなく、その下に雑掌斎藤越後守というが見え、またその下に衣斐某という代官もあったらしい。ところがなかなかにこの国衙が納まらぬので文明十八年にこれを幕府に訴えたこと既述のとおりであるが、その時には有利な裁訴を得たけれど、土岐氏の方からして奉書遵行の請文を出さぬ。そこで例の中沢重種を催促にやった。この催促の使が頻繁に派遣されて、長享三年の春には一か月に三回くらいも出かけている。ただし濃州まで出張したのではなく、ちょうどこのころ近江征伐が再興されて、土岐も将軍の命に応じ江州阪本に出陣していたから、それへ談判に行ったのである。そもそも国衙公用の三条西家に納まらなかったこと、およそ三十年に及んだと、実隆の日記に見えるから、寛正年間からして不知行であったので、応仁の一乱のために無音になったのではない。