Classiques japonais avec furigana
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ねことしょうぞうとふたりのおんな
猫と庄造と二人のおんな
谷崎 潤一郎
Lisez 猫と庄造と二人のおんな (ねことしょうぞうとふたりのおんな) de 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 68 020 caractères · 131 écrans
ガラス戸を開けた途端に、何処かへ逃げて行ったのであろうか。
「リリーや、………」
と、階下の夫婦を起さないように気がねしながら、彼女は闇に声を投げた。瓦が濡れて光っているので、さっきのあれが時雨だったことは疑う余地がないけれども、それがまるでだったように、空には星がきらきらしている。眼の前を蔽う摩耶山の、幅広な、真っ黒な肩にも、ケーブルカアのあかりは消えてしまっているが、頂上のホテルに灯の燈っているのが見える。彼女は張り出しへ片膝をかけて、屋根の上へノメリ出しながら、もう一度、
「リリーや」
と、呼んだ。すると、
「ニャア」
と云う返辞をして、瓦の上を此方へ歩いて来るらしく、燐色に光る二つの眼の玉がだんだん近寄って来るのである。
「リリーや」
「ニャア」
「リリーや」
「ニャア」
何度も何度も、彼女が頻繁に呼び続けると、その度毎にリリーは返辞をするのであったが、こんなことは、ついぞ今迄にないことだった。自分を可愛がってくれる人と、内心嫌っている人とをよく知っていて、庄造が呼べば答えるけれども、品子が呼ぶと知らん顔をしていたものだのに、今夜は幾度でも億劫がらずに答えるばかりでなく、次第に媚びを含んだような、何とも云えない優しい声を出すのである。