Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
Lisez 禅堂生活 (こうせんぜんじのことども) de 鈴木 大拙 (すずきだいせつ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 27 634 caractères · 57 écrans
雑木の林の方はまだ十分に秋の景色を現わして居ない。老師在世の頃はよくこの山を見て、今年は紅葉が深いとか浅いとか云われたのを覚えて居る。庭の柿の樹も二本やら三本やら有るのが、去年のように実のって居る。が、雨で庭も池も破れたので、今年は何だか一帯の趣きが変って来た。東慶寺の現住は中々責任がある。老師はなるほど中興であった。あれほどに荒廃した寺をこれほどに復興せられた。併しこういうものは一代にて興りもし、亡びもする。後継者は単にお寺の留守居をすると云うことだけでも、一寸六箇敷いものであるが、中興の跡を受け、又その上に事業を進めて行かんと云うには、中々の努力が必要である。禅忠師の責任も亦大とすべきだ。
お墓へ参るたびに観音堂の前を通るが、この堂も亦懐旧のもとである。冬の朝など早く参禅にくると、老師はまだ観音堂で読経して居られる。当初は書斎内の持仏堂で看経せられたが、この勤めは何時頃よりか観音堂へ移った。朗朗たる音声で、茶の間へも聞えた。帰られるとその儘直ぐに参禅をきかれて、それから茶礼に残ったこともあった。こんなことは何れも昔を偲ぶ種子である。亡くなられてからは、東慶寺は大いに淋しい。