Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

ぜったいむじゅんてきじこどういつ

絶対矛盾的自己同一

西田 幾多郎

Lisez 絶対矛盾的自己同一 (ぜったいむじゅんてきじこどういつ) de 西田 幾多郎 (にしだきたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 50 000 caractères · 99 écrans

Aozora Bunko

ルターは基督者の自由を論じて、すべてのものの上に立つ自由な君主であって、すべてのものに奉仕する従僕であるという。故に我々はこの世界の中に自己同一を置く我々の行為によって宗教に入るのでなく、かかる行為そのもの、自己そのものの自己矛盾を反省することによって宗教に入るのである。而して我々が斯く自己自身の根柢において自己矛盾に撞着するというも、自己自身によるのでなく絶対の呼声でなければならない。自己自身によって自己否定はできない(ここに宗教家は恩寵というものを考える)。この故に宗教は出世間的と考えられる。しかし右にもいった如く、宗教は絶対矛盾的自己同一的立場として、それによって真の文化が成立するのでなければならない。我々は何処までも超越的なる一者に対することによって、真の人格となるのである。而して超越的一者に対することによって自己が自己であるということは、同時に私がアガペ的に隣人に対することである。他を人格と見ることによって自己が人格となるという道徳的原理は、これに基くものでなければならない。かかる道徳的制約の下に、矛盾的自己同一的に、自己自身を形成する世界として、作られたものから作るものへと、世界はイデヤ的形成的でなければならない。