Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
くのうのねんかん
苦悩の年鑑
Lisez 苦悩の年鑑 (くのうのねんかん) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 7 798 caractères · 16 écrans
猿芝居みたいな気がして来るのである。
いっそこう言ってやりたい。
「私には思想なんてものはありませんよ。すき、きらいだけですよ。」
私は左に、私の忘れ得ぬ事実だけを、断片的に記そうと思う。断片と断片の間をつなごうとして、あの思想家たちは、嘘の白々しい説明に憂身をやつしているが、俗物どもには、あの間隙を埋めている悪質の虚偽の説明がまた、こたえられずうれしいらしく、俗物の讃歎と喝采は、たいていあの辺で起るようだ。全くこちらは、いらいらせざるを得ない。
「ところで、」と俗物は尋ねる。「あなたのその幼時のデモクラシイは、その後、どんな形で発展しましたか。」
私は間の抜けた顔で答える。
「さあ、どうなりましたか、わかりません。」
×
私の生れた家には、誇るべき系図も何も無い。どこからか流れて来て、この津軽の北端に土着した百姓が、私たちの祖先なのに違いない。
私は、無智の、食うや食わずの貧農の子孫である。私の家が多少でも青森県下に、名を知られはじめたのは、曾祖父惣助の時代からであった。その頃、れいの多額納税の貴族院議員有資格者は、一県に四五人くらいのものであったらしい。