Classiques japonais avec furigana
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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
Lisez 認識論とは何か (にんしきろんとはなにか) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 58 432 caractères · 116 écrans
では所謂存在・実在・とは質的に異った存在や実在は、果して存在や実在であるか。――一方に於て物質と終局的な一致があった以上、之は一種の物質として、存在し実在する。だが勿論そういう言葉は、大して役にも立たないし、時には有害でもあるだろう。すれば存在や実在でないと云ってもいい。存在でなくて意味である、と云ってもいいだろう。
存在と意味との峻別、両者の絶対的絶縁、は観念論の定石である。実在が意味を有つということは誰でも認めるが、観念論によると、実在と意味とは、全く絶縁された二つの秩序界からの源泉のものだというのである。実在の秩序界と意味の秩序界とは、「全くの他者」である。人間と神とのように絶対的他者の関係にあるという。それがどういうわけか、偶然にも、どこかの何物かに於て相会する。その時初めて存在は意味を有つのだという。だから観念論はこの出会い方に色々と興味を有つ。それが時には符号・象徴・表現・等々になるというわけだ。
だが吾々は意味と実在との二つの世界の絶対隔絶という形而上学を採ることが出来ない。実在が意味を有つ、ということは、他ならぬ一つの――現実の実在界の秩序自身に於て編成された――事実だからである。