Classiques japonais avec furigana
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やきゅうじだい
野球時代
寺田 寅彦
Lisez 野球時代 (やきゅうじだい) de 寺田 寅彦 (てらだとらひこ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 4 082 caractères · 8 écrans
ところが、すすけた象牙の塔はみじんに砕かれた。自分はただ一人の旧世界の敗残者として新世界のただ中にほうりだされたような気がしたのである。
往来へ出て見ると、そこのラジオ屋、かしこの雑貨店の店先には道ゆく人がめいめいの用事を忘れて立ち止まり寄り集まって粗製拡声器の美しからぬ騒音に聞きほれている。それが彼には全くなんの意味もない風か波の音にしか聞こえないのである。小店員は自転車を止め、若きサラリーマンは靴ひもの解けたのも忘れ、魂は飛行機に乗って青山の空をかけっているのであった。彼は再びさびしい心持ちがした。
ことしの十月十三日の午後彼は上野へ出かける途中で近所の某富豪の家の前を通ったら、玄関におおぜいの男女のはき物やこうもり傘が所狭く並べられて、印絆纏の下足番がついていた。そうして門に向かった洋風の大きな応接間の窓からはラジオの放送が騒然と流れだしていた。なるほどきょうは早慶野球戦の日であると思った。それから上野へ行って用を足して帰るまで、至るところにこの放送の騒音が追跡して来た。罪人を追うフュリーのごとく追跡して来た。そうして宅へ帰ってみると、彼の二人の女の子がやはり茶の間のラジオの前にすわり込んで、ここでも野球戦の余響をまき散らしているのである。