Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
あおべかにっき
青べか日記
山本 周五郎
Lisez 青べか日記 (あおべかにっき) de 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 37 334 caractères · 76 écrans
「寿命は、大きな為事を為上げる迄待って呉れはしない」
「弘高」一ノ一
弘高読み返している。良い。もう寝る。今は二五八九、四、一四。
今日東京へ行った。本を売った。上野で「名宝展」を見た、「俵屋宗達」の「雷」「風」の双屏は佳い。「李広」と云う外国人の巻物「山水図」は大作で真に神韻縹渺と云う気が全幅に溢れていた。鳥羽僧正作と伝えられる高山寺本「鳥獣戯画」は愛す可き大芸術だ、日本が有っている有数の宝の一だろう。光琳の画は予には向かない。定評ある「太公望ノ図」などは厭だ。「※(「りっしんべん+占」、第4水準2-12-39)」「残缺文」「歌合懐紙」など如何にも数が多くてどうにも見る気がしない。唯、三位藤原某、義経等が反古紙の裏へ物を書いているのを見て打たれた。現代の人は此の点では敬虔さを全く欠いていると云えよう。宗達は芸術家だ。立派な画師だ。日本のでも西洋のでも由来、古典を回顧するには骨が折れる。予は場内を一巡しただけで殆んどがっかりした、頭が疲れて、砂一斗も填められたような気持である。古典を観賞するには、兎にも角にも我々の頭を某の時代、〔と云うのが悪ければ其の時代精神〕にまで戻さねばならない。