Classiques japonais avec furigana
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『しゅっけとそのでし』のついおく
青春をいかに生きるか
倉田 百三
Lisez 青春をいかに生きるか (『しゅっけとそのでし』のついおく) de 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 94 413 caractères · 190 écrans
読書子の書物への期待が深く、高いならば、そのような書物についにはあうことができるであろう。
四 書物無き世界
人間教養の最後は、しかしながら、書物によるものではない。人は知性と、一般に思想とを究竟のものと思ってはならないのである。人間の宇宙との一致、人間存在の最後の立命は知性と思想とをこえた境地である。いと高く、美しき思想もそれが思想である限りは、「なくてならぬ究竟唯一」のものではない。書物は究竟者そのものを与え得ない。それは仏教では「絶学無為の真道人」と呼ぶのである。学を絶って馳求するところなき境地である。「マルタよ、マルタよ、汝思ひわづらひて疲れたり。されどなくてならぬものは唯一つなり」とキリストがいったように、思想そのものは実は「思い煩い」であり、袋路である。はてしなき迷路である。知識階級とは、この意味においては、永遠の懐疑の階級なのである。立命のためには知性そのものを超克しなくてはならぬ。知性を否定して端的に啓示そのものを受けいれねばならぬ。それは書物ではできない。その意味においては、弁証法的神学者がいうように、聖書でさえも啓示を語った書ではあるが、啓示そのものではないのである。