Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

げかしつ

高野聖

泉 鏡花

Lisez 高野聖 (げかしつ) de 泉 鏡花 (いずみきょうか) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 51 264 caractères · 104 écrans

Aozora Bunko

渠らが十年語りて尽くすべからざる心底の磅は、実にこの瞬息において神会黙契されけるなり。ややありて、まず馭者は口を開きぬ。

「私は高岡の片原町で、村越欣弥という者だ」

「私は水島友といいます」

「水島友? そうしてお宅は?」

白糸ははたと語に塞りぬ。渠は定まれる家のあらざればなり。

「お宅はちっと窮ったねえ」

「だって、家のないものがあるものか」

「それがないのだからさ」

天下に家なきは何者ぞ。乞食の徒といえども、なおかつ雨露を凌ぐべき蔭に眠らずや。世上の例をもってせば、この人まさに金屋に入り、瑶輿に乗るべきなり。しかるを渠は無宿と言う。その行ないすでに奇にして、その心また奇なりといえども、いまだこの言の奇なるには如かず、と馭者は思えり。

「それじゃどこにいるのだ」

「あすこさ」と美人は磧の小屋を指させり。

馭者はそなたを望みて、

「あすことは?」

「見世物小屋さ」と白糸は異様の微笑を含みぬ。

「ははあ、見世物小屋とは異っている」

馭者は心ひそかに驚きたるなり。渠はもとよりこの女をもって良家の女子とは思い懸けざりき、寡なくとも、海に山に五百年の怪物たるを看破したりけれども、見世物小屋に起き臥しせる乞食芸人の徒ならんとは、実に意表に出でたりしなり。