Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
Lisez 魯山人書論 (かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ) de 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 84 639 caractères · 175 écrans
書においてもその通り、なんだってその通り。この場合、万法帰一をいくら振り廻してもよい。
ここに掲げた陶磁印の見方も、その大義は少しも変るものではない。篆刻なども中国かぶれの病的時代は、篆刻は中国に見るのみと安心しているが、いずくんぞはからん、日本上代の御璽や、名刹に見るいわゆる大和古印なるものは、彼の秦漢銅印など到底及ばざる気品と風貌とを具えて凜然たるものがある。
中国に見るべき篆印は、秦、漢、魏、六朝の時代である。
明代や清朝になっては、書画篆刻なにもかも無精神の骸に成り了った。いわばマネキンにインチキ衣裳着せたようなものだ。その中でも二、三名を成す者もないではないが、それは鳥なき里の蝙蝠に過ぎない。
こんなことなど是非とも識っておかねばならぬのは今の日本画家であるはずだが、遺憾ながら、今の日本画家中、篆刻の鑑識、同時に捺印意義を解する者幾人ありやと、指を折って見ても、失敬だが一人も出てこない。画家という画家みながみな無我夢中で、わけもなく習慣の跡を追って、画面に理由なく捺印しているまでだ。しかも、その印の捺し方さえなんら知るところがない。定木を当てて捺すことによって、安心しているようなのが多い。