Classiques japonais avec furigana
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かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
Lisez 魯山人書論 (かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ) de 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 84 639 caractères · 175 écrans
実際においては、先にいった名士となんら違いがないのである。昔の坊さんから考えるとき、たいへんな隔たりが視えてならない。一体、今の日本人とは物質にのみ小賢しく頭が働いて、六、七割の人間は偽君子のみで充満しているのではないかとさえ考えられる。なんと物の恐ろしさに怯えぬ人たちの多いことかと呆れざるを得ない。しかし、何割かの覚醒者は残存しているはずだ。この人たちの自覚的奮起によって、再建日本は成立し、明治以後に輩出したような世間見ずの偉人傑士は跡を断つであろうことを望んで止まない。
とにかく、書道は難解事の一つといえる。書道と筆技を混同するところに過ちが生じ、何世紀にも渉って、大多数が芸術としての書道を少しも覚醒していないといいつづけるわたしの話も、聴く者にしてはなかなか難しそうだ。従って、芸術的能書と職人仕事的能書との区別が、いつまでたっても判然と人の頭には入って来ない……というこの話も、やはり、難しそうだ。だから、皆筆技三昧に満足して、やれ六朝だ、何々法帖だ、唐だ宋だ明だと、その選択に騒ぐかと思えば、犬養元総理のように、書自慢でありながら、その新しい中国風を狙う書家もあり、近衛さんのように、先祖を忘れて版下のような字を書く人もある。