Classici giapponesi con furigana
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ぼしぞう
久生十蘭短篇選
久生 十蘭
Leggi 久生十蘭短篇選 (ぼしぞう) di 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 48.344 caratteri · 96 schermate
太郎は遠くから美しい母の横顔をながめながら、はやくいいつけてくれないかと、緊張して待っている。
「太郎や、水を汲んでいらっしゃい」
その声を聞くと、かたじけなくて、身体が震えだす。母の命令なら、どんなことだってやる。磯の湧き水は、けわしい崖の斜面を百尺も降りたところにあって、空の水筒を運んで行くだけでもクラクラと眼がくらむ。崖の上に敵がいれば容赦なくねらい撃ちをされるのだが、危険だとも恐ろしいとも思ったことがない。水を詰めた水筒を母の前に捧げると、どんな苦労も、いっぺんに報いられたような深い満足を感じる。
「あれは幾歳のときのことだったろう」
ある朝、母の顔を見て、この世に、こんな美しいひとがいるものだろうかと考えた。その瞬間から、手も足も出ないようになった。このひとに愛されたい、好かれたい、嫌われたくないと、おどおどして、母の顔色ばかりうかがうようになった……。
太郎は頭のうしろを保護室の板壁にこすりつけながら、低い声で暗誦をはじめた。
「旅人よ……行きて、ラケダイモンに告げよ……王の命に従いて……我等ここに眠ると」
最後の日の近く、母がひと句切りずつ口移しに教えて、いくども復唱させた。