Classici giapponesi con furigana
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はるかなたび
原民喜戦後全小説
原 民喜
Leggi 原民喜戦後全小説 (はるかなたび) di 原 民喜 (はらたみき) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 60.577 caratteri · 124 schermate
が、ふと、彼のオーバーに目をとめると珍しげにこう云った。
『そのオーバーは昔から着ていたじゃないか。学生時代の奴だろう』
『違うよ。卒業後拵えたのだ』と、彼は首を振った。着ているスプリング・コートは彼が結婚した年に拵えたもので、今では生地も薄れ、裏の地はすっかり破れていた。肩のところは外食券食堂の柱の釘にひっかかって裂けていたし、ポケットの内側もボロボロになっていた。……そのスプリング・コートを拵えたばかりの頃だった。彼は妻と一緒に江の島へ行ったことがある。汽車に乗った頃から、ふと急に死の念想が彼につきまとった。明るい海岸を晴着を着た妻と一緒に歩きながらも、自分は間もなく死ぬのではないかと、……その予感に苛まれつづけた。ヒリヒリと神経のなかに破り裂けようとするものを抑えながら、彼は快活そうに振舞っていた。その春の一日は美しい疼のように彼に灼きつけられていた。
不安定な温度と街のざわめきのなかに、何か彼を遠方に誘いかけるものがあるようでならなかった。ふと、ある日、彼は風邪をひいていた。解熱剤を飲んで部屋に寝転んでいたが、面会人があれば起きて出た。外食の時刻には、ふらふらの足どりで雨の中を歩いた。