Classici giapponesi con furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Leggi 古句を観る (こくをみる) di 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.028 caratteri · 333 schermate
炭竈をぬりて冬待つ嵐かな 吏明
山家の句であろう。冬が近くなったので、炭を焼くべく炭竈を塗り、もう何時冬が来ても差支ない用意がととのった。もし「炭竈をぬりて冬待つ山家かな」だったら、それこそ平凡極るものだけれども、作者は句に一転化を与えるため、嵐というものを持出して来た。冬が近づくに従って、山はしばしば嵐が吹く。「いかばかり吹く峯の嵐ぞ」というような、詠歎的なものではない。現実に山家の人の心を揺る寒い嵐である。この嵐あるによって、この句ははじめて魂が入ったことになる。
俳諧の要諦はこの「嵐」の呼吸にある、といっただけでは、未だ意を悉さぬ嫌があるかも知れぬが、この嵐の如きものがあって、画竜点晴の妙を発揮する場合が多いということは、断言してよかろうと思う。
はつ秋や小袖だんすの銀の鎰 巴水
「鎰」というのはカギのことである。普通の鍵とどう違うかわからぬが、その辺は専門家に一任してよかろうと思う。第一この句では鍵がどうなっているのか、それからして明瞭でない。
「小袖だんす」というものを句の中に持出した以上、腰にぶら下げたりしているのでないことは慥だけれども、今少し立入って、この場合鍵がどうなっているかという段になると、さっぱり見当がつかぬのである。