Classici giapponesi con furigana
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ひろしまというなのゆらい
広島という名の由来
薄田 太郎
Leggi 広島という名の由来 (ひろしまというなのゆらい) di 薄田 太郎 (すすきだたろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 2344 caratteri · 5 schermate
輝元の築城
輝元の築城
広島城のことを鯉城というが、この鯉城というのはこの土地が己斐の浦に臨んでいたので、己斐が鯉の音に通じるところから、こう名付けられたものといわれる。
講談調になって恐縮だが、豊臣秀吉が天下をとると、西の方で気になるのは毛利輝元であった。秀吉はなんとなく毛利氏の本城、安芸の吉田にある郡山の城を、どこかよそに移転させようと考えはじめたのである。西の毛利氏の山城、吉田の本城を、なんとかして平地に移して毛利氏と手をにぎりたいと、播州龍野の城主蜂須賀彦右衛門を使って、毛利輝元に広島出向方を勧めたのである。
当時は広島ともいわず、この土地は見るからにアシのおい茂っていた、水びたしの荒れ果てたところであった。決して、川よ、とわに美しく、などといえるデルタ地帯ではなかった。当時の呼称でいえば五箇荘といわれ、鍛冶塚の荘、平塚の荘、在間の庄、広瀬の庄、箱島(白島)の庄の五つの地域で構成されていた。当時の岩鼻や比治山のスソは海中に洗われて、向宇品に当る手奈島や仁保島は、はるか海中に姿を見せていた。
毛利輝元は、病没した蜂須賀彦右衛門に代わって秀吉の意を伝える黒田孝高の忠言もあって、ついに平城の建設を決めた。