Classici giapponesi con furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Leggi 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 193.050 caratteri · 383 schermate
年譜
明治二十五年
明治二十九年
明治三十年
明治二十五年(1892)
八月十一日。神奈川県久良岐郡中村根岸に生る。次男。父直広は小田原藩の下士。早くに横浜へ出、開港企業家の一旗組に伍すも、性その質でなく、南太田新田の牧場と酪業経営に失敗し、一時、県庁書記、酒税官など勤めたが続かず、当時、根岸競馬場附近に住み、内外人の幼児を集めて、母と共に、寺小屋式幼稚園みたいなことをしていた。
母の出身は、千葉県佐倉で、同地の旧藩士で臼井町長をしていた山上弁三郎の四女。娘時代は、親戚先の芝新銭座の攻玉舎近藤真琴氏に預けられて、勉学教養など、同家で送った。
明治二十九年(1896) 四歳
父、横浜桟橋合資会社の起業に一両年奔命、家も山手町横浜植木商会の園内に移転。この年、母に伴われて祖父山上家に遊び、帰途新橋駅で母が切符を求めるを待つ間に、土産物合財袋などをみな盗られ、巡査や人だかりの中で大いに泣く。
明治三十年(1897) 五歳
巌谷小波の「世界お伽ばなし」などそろそろ見初める。母が灯下に針仕事しながら読書話しをする感化をうく。この年の夏、自分に母ちがいの兄があったのを初めて知る。学帽白ガスリの青年が突然訪ねて、父、会社より急に帰宅、父子ハンケチで眼を拭う状を童心につよく印象づけられた。