Classici giapponesi con furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Leggi 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 193.050 caratteri · 383 schermate
毎日を、花の香に染められて通った頃の童心の幸福感が、老いたる今もどこかに潜んでいるものだろうか。以後、長じて人生の辛酸な道へ出てゆくほど、そのなつかしみは深くなっていた。
根岸競馬の帰り途であった。戦争の初期である。ふと洩らしたぼくの回想に、連れの菊池寛氏が「じゃ、廻ってみようか」というので、心当りの辺をうろついてみたことがある。しかし、その頃すでに、植木会社の花園はあとかたもない。ゴミゴミした狭い横丁へ車を入れて行き惑い、菊池氏にさんざんぼやかれた事がある。
それからまた、終戦後、小石川の大曲で、はからずも横浜植木会社と看板のある埃ッぽい花卉店のウインドを見かけた事があった。これがぼくのなつかしい記憶にあるあの花園の後身だろうかと疑いながらも、しばしその前を立ち去りかねた。考えてみると、世相の騒音も、日本のありかたも、明治から大正、昭和とガタ落ちな変り方をしているわけで、時流の縮図を、半世紀後の路傍に見たまでの事で、それを不審がる自分の老いには気のつかぬおろかさに、われながら自嘲を覚えたことだった。
まあ、こんな風に、植木会社の裏門時代は、ぼくにとって、故郷のうちの故郷といったようなものだった。