Classici giapponesi con furigana
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ぶんだんむかしばなし
文壇昔ばなし
谷崎 潤一郎
Leggi 文壇昔ばなし (ぶんだんむかしばなし) di 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 9802 caratteri · 20 schermate
私の眼には、この人力車の上の彼の姿が一番印象に残っている。当時は今より和服の人が多かったのであるが、樗陰は常に和服であった。洋服姿の樗陰というものを私は思い出すことが出来ない。顔の輪郭は、今の豊竹山城少掾、当時の古靱太夫によく似ていたので、山城氏を見ると必ずありし日の樗陰を思い出す。尤も山城氏は生粋の浅草ッ児、樗陰は秋田の産であるから、樗陰の方がどこか荒削りなところがあり、山城氏のような円満柔和な相を具えてはいなかった。言葉も最後までズウズウ弁が抜け切れなかった。殊に耳についたのは、「だった」というのを「であった」といった。「昨日は愉快だった」というのを「昨日は愉快であったナ」という風にいう。私はよく樗陰のこの「であった」の真似をして人々を笑わせた。山城氏は今日でも当代の美男子たるに背かないが、樗陰も秋田系の好男子であった。たしか下谷辺に好きな人があると聞いていたが、前述の如く私はそういう附合いをしたことがないので、その人に会ったことはなかった。その辺の消息は、故人では田中貢太郎、現存の人では村松梢風氏あたりが委しいはずである。但し上山草人の正妻であった山川浦路の妹で、後に女優になって夭折した上山珊瑚、――彼女には大分思召があったらしい。