Classici giapponesi con furigana
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ぶんしとしてのちょうみんせんせい
文士としての兆民先生
幸徳 秋水
Leggi 文士としての兆民先生 (ぶんしとしてのちょうみんせんせい) di 幸徳 秋水 (こうとくしゅうすい) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 3042 caratteri · 7 schermate
四
其題に曰く学術技科の進闡せしをば人の心術風俗に於て益有りしと為す乎将た害ありしと為す乎とルーソー之を読みて神気俄に旺盛し、意思頓に激揚し自ら肺腸の一変して別人と成りしを覚え、殆ど飛游して新世界に跳入せしが如し。因て急に鉛筆を執りファプリシュースの一段を草して之を懐にし既にワンセンヌに至りジデローを見るも猶お去気奪湧し血脈狡憤して自ら安んずること能わず。ジデロー一誦して善しと勧めて更に敷演して一論を完結せしむ。ルーソー其言に従う所謂非開化論なり。
而して先生は古今の記事文中、漢文に於ては史記、邦文では「近松」洋文ではヴォルテールの「シヤル・十二世」を激賞して居た。
四
先生の文章は其売れ高より言えば決して偉大なる者ではなかった。先生の多くの著訳書中、其所謂「生前の遺稿」なる「一年有半」及び「続一年有半」が翼なくして飛んだ外は、殆ど売れたという程の者はない。彼の「一年有半」「続一年有半」すらも、若し死に瀕しての著作でなかったならば、アノ十分の一も売れなかったかも知れぬ。
先生の文章は当世に売らんが為めには、寧ろ余りに高過ぎた。先生の文章は曽て世間と伴わなった。