Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
Leggi 日本合戦譚 (あねがわのかっせん) di 菊池 寛 (きくちかん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 154.771 caratteri · 313 schermate
其の頃ある公卿に謁せんとした所、夏装束にて恥しければと言う。苦しからずとて、強いて謁するに、夏装束と思いの外、蚊帳を身に纏うて居たと云う話がある。又袋を携えて関白料であると称し、洛中に米を乞うて歩いた公卿も有ったと云う。
こんな世相であるから、皇室の式微も甚しかった。昼は禁廷左近の橘の下に茶を売る者あり、夜は三条の橋より内侍所の燈火を望み得たとは、有名な話である。
畏れ多い限りではあるが『慶長軍記抄』に依れば「万乗の天子も些少の銭貨にかへて宸筆を売らせ給ひ、銀紙に百人一首、伊勢物語など望みのまゝをしるせる札をつけて、御簾に結びつけ、日を経て後詣づれば宸筆を添へて差し出さる」とある。
戦乱の末期
此の戦乱の後期で注目す可きは賊軍の悪名を受けた西軍が南朝の後裔を戴いたことである。日尊と称する方で、紀伊に兵を挙げられた。『大乗院寺社雑事記』文明三年の条に、
「此一両年日尊と号して十方成二奉書一種々計略人在レ之。御醍醐院之御末也云々」とあるが、朝敵として幕軍の為めに討たれて居るのである。其の後、日尊に取立てられた小倉の御子で、御齢十七歳なる方が、大和に挙兵されて居る。