Classici giapponesi con furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Leggi 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 178.609 caratteri · 362 schermate
野槌の百
一
一
チチ、チチ、と沢千禽の声に、春はまだ、峠はまだ、寒かった。木の芽頃の疎林にすいて見える山々の襞には、あざやかに雪の斑が白い。
「あなた。――あなた」
お稲は、力なく、前に行く人をよんだ。
かの女の十間ほど前を、三五兵衛は黙々と、あるいて行くのだった。
振り向いて、棘のある眼が、
「なんだ?」
と、邪慳にいった。
生まれてまだ六月か七月ぐらいな嬰児を背に、つかれた足を、弱々と、引きずって来たお稲には、その十間の幅さえ、追いつくのに努力だった。ことに、よほど急ぐ飛脚か、世間をかくれて渡る人間でもなければ、滅多に通らない甲州の裏街道――大菩薩から小丹波を越えるというのは、空身でも、女には、初めから無理な道なのである。
「すこし、休ませて……。この児にも、乳をやらなければ」
「陽の暮までに、青梅までつきたいが」
「もうここまで来れば……」
と、お稲は、道しるべの石を読んで、そのまま、草の上へ、坐ってしまった。
嬰児を下ろして、かの女は、白い胸の肌をひろげた。三五兵衛は、明らさまな陽の下で、女の黒い乳くびと、それをむさぼるように吸う嬰児の顔を、ちらと見て、
「焦れってえ、旅だなあ」