Classici giapponesi con furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Leggi 私本太平記(七) (しほんたいへいき) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 330.262 caratteri · 662 schermate
しかしそれは、はるか後代になってのはなし。
ここでは、尊氏にせよ賢俊にしろ、明日の運命すら何でよく知りえようか、である。――わけて尊氏はまだ茫洋な感だったろう。行くての九州に、なお何が待つかも、予知はできない。
味方の一将、石橋和義を、途中の備前で下ろし、備後鞆ノ津に半日ほどいて、またすぐ西下をつづけた。
そして、長門にとどまった。
すると月の二十五日。
筑紫の少弐貞経の子、頼尚兄弟が大宰府から一族五百余人をひきつれて、
「筑紫びらきの御案内に」
と、迎えに来た。
これへの迎えも、来る方は容易ではなかったのだ。九州諸党の多くは朝廷の召しに応じて京都へ出ていた。――大友貞載、上島惟頼、阿蘇惟時、菊池武重――みな宮方として早くから義貞の麾下に付いている。
そのうちの大友だけは、海道箱根ノ合戦で、道誉や塩冶高貞らと共に、足利方へ寝返っていたが、なお他の九州宮方は健在なのだ。――月のすえ二十九日、尊氏は頼尚の案内で、海路、赤間ヶ関から筑前芦屋ノ浦へ渡ったが、それは薄氷を踏み行くような敵地上陸にことならなかった。
勾当の内侍
ちょうど、尊氏の流亡軍が、筑前芦屋ノ浦へつき、ここに初めて九州の地をふんでいたころ――