Classici giapponesi con furigana
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
Leggi 蒲生氏郷 (がもううじさと) di 幸田 露伴 (こうだろはん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 65.772 caratteri · 128 schermate
大忠臣の子は不忠者になって政宗に負いたのである。
そこで其十九日の夜深に須田伯耆は他の一人と共に逃げ込んで来て、蒲生源左衛門を頼んだ。ただ来たところで容れられる訳は無いから、飛んでもない手土産を持って来た。それは政宗と一揆方との通謀の証拠になる数通の文書であった。逃げて来た二人の名は蒲生方の記には山戸田八兵衛、牛越宗兵衛とある。須田は政宗が米沢を去った後に氏郷の方へ来て、政宗の秘を訐いた者となって居る。
蒲生源左衛門は須田等を糺した。二人は証拠文書を攘って来たのだから、それに合せて逐一に述立てた。大崎と伊達との関係、大崎義隆の家は最上義光を宗家としていること、最上家は政宗の母の家であること、母と政宗とは不和の事、政宗が大崎を図った事、そんな事をも語ったろうが、それよりは先ず差当って、一揆を勧めたこと、黒川に於ての企の事、中新田にて虚病の事、名生の城へ氏郷を釣寄せる事、四城と計を合せて氏郷を殺し、一揆の手に打死を遂げたることにせんとしたる事、政宗方に名生の城の落武者来りて、余りに厳しく攻められて相図合期せざりしと語れる事等を訐き立てた。そして其上に、高清水に籠城して居る者も、亦佐沼の城を囲んで居る者も、皆政宗の指図に因って実は働いて居る者であることを語り、能く政宗が様子を御見留めなされて後に御働きなさるべし