Classici giapponesi con furigana
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
Leggi 蒲生氏郷 (がもううじさと) di 幸田 露伴 (こうだろはん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 65.772 caratteri · 128 schermate
が、御許諾なされた上は致方なけれども御当家重代の物ゆえに、ただ模品をこしらえて御遣わしなされまし、と云ったほどにも拘らず、天下に一ツの鐙故他に知る者は有るまいけれど、模品を遣わすなどとは吾が心が耻かしい、と云って真物を与えた。そこで忠興も後に吾が所望したことが不覚であったことを悟って、返そうとしたところが、氏郷は、一旦差上げたものなれば御遠慮には及ばぬ、と受取らなかった。忠興も好い人だから、氏郷の死後に其子秀行へとうとう返戻したという談がある。竹の油筒を掘り出して賞美するかと思えば、ケチでは無い人だ、家重代の者をも惜気無く親友の所望には任せる。中々面白い心の行きかたを有った人だった。
さて話は前へ戻る。是の如き忠三郎氏郷は秀吉に見立てられて会津の主人となった。当時氏郷は何万石取って居たか分明でないが、松坂に居た天正十六年は十六万石若くは十八万石であったというから、其後は大戦も無く大功も立つ訳が無いから、大抵十八万石か少し其以上ぐらいで有ったろう。然るに小田原陣の手柄が有って後に会津に籠めらるるに就ては、大沼、河沼、稲川、耶摩、猪苗代、南の山以上六郡、越後の内で小川の庄、仙道には白河、石川、岩瀬、安積、安達、二本松以上六郡、都合十二郡一庄で、四十二万石に封ぜられたのだ。