Classici giapponesi con furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Leggi 万葉秀歌 (まんようしゅうか) di 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 213.820 caratteri · 427 schermate
此一首も、「霧たちわたる」を繰返したりして強く云っていて、線も太く、能働的であるが、それでもやはり人麿の歌の声調ほどの顫動が無い。例えば前出の、「ともしびの明石大門に入らむ日や榜ぎわかれなむ家のあたり見ず」(巻三・二五四)あたりと比較すればその差別もよく分かるのであるが、憶良は真面目になって骨折っているので、一首は質実にして軽薄でないのである。なお、天平七年、大伴坂上郎女が尼理願を悲しんだ歌に、「嘆きつつ吾が泣く涙、有間山雲居棚引き、雨に零りきや」(巻三・四六〇)という句があり、同じような手法である。
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ひさかたの天道は遠しなほなほに家に帰りて業を為まさに 〔巻五・八〇一〕 山上憶良
山上憶良は、或る男が、両親妻子を軽んずるのをみて、その不心得を諭して、「惑情を反さしむる歌」というのを作った、その反歌がこの歌である。長歌の方は、「父母を見れば尊し、妻子見ればめぐし愛し、世の中はかくぞ道理」、「地ならば大王います、この照らす日月の下は、天雲の向伏す極、谷蟆のさ渡る極、聞し食す国のまほらぞ」というのが、その主な内容で、現実社会のおろそかにしてはならぬことを云ったものである。