Classici giapponesi con furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Leggi 万葉秀歌 (まんようしゅうか) di 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 213.820 caratteri · 427 schermate
と念を押して、あわれに思うとか、同情してとかいう、主観語の無いのをも注意していい。岡辺という語は、「竜田路の岳辺の道に」(巻六・九七一)、「岡辺なる藤浪見には」(巻十・一九九一)等の例にある。こういう人間的とも謂うべき歌は万葉には多い。人間的というのは、有情非情に及ぼす同感が人間的にあらわれるという意味である。
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思はぬに時雨の雨は零りたれど天雲霽れて月夜さやけし 〔巻十・二二二七〕 作者不詳
思いがけず時雨が降ったけれど、いつのまにか天雲が無くなって、月明となったというだけのものであるが、言葉がいかにも精煉せられているようにおもう。それも専門家的の苦心惨憺というのでなくて、尋常の言葉で無理なくすらすらと云っていて、これだけ充実したものになるということは時代の賜といわなければならない。
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さを鹿の入野のすすき初尾花いづれの時か妹が手まかむ 〔巻十・二二七七〕 作者不詳
この歌は、「いづれの時か妹が手まかむ」だけが意味内容で、何時になったら、恋しいあの児の手を纏いて一しょに寝ることが出来るだろうか、という感慨を漏らしたものだが、上は序詞で、鹿の入って行く入野、入野は地名で山城乙訓郡大原野村上羽に入野神社がある。