Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

ja-reading.com

Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.

こくをみる

古句を観る

柴田 宵曲

Leggi 古句を観る (こくをみる) di 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.028 caratteri · 333 schermate

Aozora Bunko

「机に臂をついてみて」さてどうするのかというと、それは誰にもわからぬ。作者はただ臂をついた刹那を捉えたまでなのである。

これも大した句ではない。「ついてみて」という下の一字は少し軽過ぎるが、場合が場合だから、作者はこれでよしとしたのかも知れぬ。

灌仏の日に生れけり唯の人    巴常

天上天下唯我独尊といって生れた釈迦と同じ日に、ただの平凡な人間が生れる。仏縁あって同じ日に生れる、という風にこの作者は見ていない。釈迦と同じ日に当前の凡夫も生れる、という世間の事実を捉えたものであろう。

芭蕉にも奈良で詠んだ「灌仏の日に生れあふ鹿の子かな」という句がある。場所は仏に因縁の多い奈良であり、日も多いのに灌仏の日に生れるということが、芭蕉の興味を刺激したものと思われる。畜生の身ながら、かかるめでたき日に生れ合うことよ、というほど強い意味ではない。奈良で鹿が子を産むのを見た、それがあたかも灌仏の日であった、という即事を詠んだのである。この方は現に眼前に生れたところを捉えたのだから、軽い事実として扱うことも出来るが、今生れたばかりの子供を「唯の人」と断定するには多少の無理がある。