Classici giapponesi con furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Leggi 古句を観る (こくをみる) di 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.028 caratteri · 333 schermate
今なお秋に属するものがあるとすれば、むしろ草相撲の類であろう。国技館の鉄傘の下から、ラジオによって勝負の経過が放送される大相撲よりは、素人の草相撲の方が俳句の材料に適していることはいうまでもない。
この句は草相撲の中の漫画的小景を捉えたので、何という名かわからぬが、根太(腫物)の出来た男があって、その方から先へ名乗った、という意味である。如何に草相撲でも、根太を以て名としたわけではあるまい。根太が印象に残ったから、「根太のある男」の略で、こういったものと思われる。
山領は法師ばかりの相撲かな 遅望
変ったところを見つけたものである。一山の荒法師どもが集って相撲を取っている。どれを見ても坊主頭ばかりだということが、頗る奇異な感を与えたものらしい。
断髪令以後の民は往々にしてこういう消息を見遁す虞がある。「投げられて坊主なりけり辻相撲」という其角の句にしても、その坊主頭が異様に眼に映ることを考慮に入れなければならない。伊勢浜が脱走した後、坊主頭で土俵に登ったのが異彩を放っていたことは、われわれの記憶にもあるが、昔としてはなかなかそんな程度ではなかったろうと思う。