Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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よしだしょういん

吉田松陰

徳富 蘇峰

Leggi 吉田松陰 (よしだしょういん) di 徳富 蘇峰 (とくとみそほう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 135.622 caratteri · 269 schermate

Aozora Bunko

孔子の教もやはりこの通りに候えども、事長ければ略す。

死なぬ人なれば縄目も人屋も首の坐も前に申す観音経の通りではござらぬか。楠正成公じゃの大石良雄じゃのと申す人には刃ものに身を失われ候えども、今以て生きてござるのは刀のちんぢんに折れた証拠でござる。さてまた禍福は縄の如しという事を御さとりがよろしく候。禍は福の種、福は禍の種に候。人間万事塞翁が馬に御坐候。

このわけは物知りに問うて知るべし。

拙者なんど人屋にて死に候えば禍のようなものに候えども、また一方には学問も出来、己のため人のため後の世へも残り、かつ死なぬ人々の仲間入りも出来候えば、福この上もない事にて〔真個の楽天主義〕、人屋を出で候えば、また如何なる禍のこようやら知れ申さず候。勿論その禍の中にまた福も交り候えども、所せん一生の間難儀さえすれば先の福がある事なり。何の効けんもない事に観音へ頼りて福を求める様の事は本々無益に存じ候。尤も右の通りに申し候えば、身勝手な申分、不孝な申分とも御存じがあろう。ここにまた論がある。易の道は満盈と申す事を大いにきろうなり。某に七人兄弟中に、拙者は罪人、芳は夭死、敏は唖に否様の悪い様なものなれど、また跡四人はかなりに世を過せられ、特に兄様、そもじ、小田村は両人ずつも子供があれば不足は申されぬ。