Classici giapponesi con furigana
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にょぜがもん
如是我聞
Leggi 如是我聞 (にょぜがもん) di Dazai Osamu (太宰 治) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 22.895 caratteri · 45 schermate
自分ひとりが偉くて、あれはダメ、これはダメ、何もかも気に入らぬという文豪は、恥かしいけれども、私たちの周囲にばかりいて、海を渡ったところには、あまりにいないようにも思われる。
また、或る「文豪」は、太宰は、東京の言葉を知らぬ、と言っているようだが、その人は東京の生れで東京に育ったことを、いやそれだけを、自分の頼みの綱にして生きているのではあるまいかと、私は疑ぐった。
あの野郎は鼻が低いから、いい文学が出来ぬ、と言うのと同断である。
この頃、つくづくあきれているのであるが、所謂「老大家」たちが、国語の乱脈をなげいているらしい。キザである。いい気なものだ。国語の乱脈は、国の乱脈から始まっているのに目をふさいでいる。あの人たちは、大戦中でも、私たちの、何の頼りにもならなかった。私は、あの時、あの人たちの正体を見た、と思った。
あやまればいいのに、すみませんとあやまればいいのに。もとの姿のままで死ぬまで同じところに居据ろうとしている。
所謂「若い者たち」もだらしがないと思う。雛段をくつがえす勇気がないのか。君たちにとって、おいしくもないものは、きっぱり拒否してもいいのではあるまいか。