Classici giapponesi con furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Leggi 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 193.050 caratteri · 383 schermate
もちろんそんな大量仕事は、店先で彫りきれる物ではないから、その下請けをする印刻師もどこかに持っていたのであろう。とにかく店は看板だけのもので、常にそんな程度の閑散であったから、倉どんとぼくの二人は、主人夫婦が見えさえしなければ、どんな話も出来、また何を読み何を書いていようと叱られる惧れはなかった。
自分が生い育って来た従来の家庭とは、全く水が変っていたという適応の戸惑いが総てだったというほかはない。初めての奉公先としては、近藤小母さんも保証した通り、至極のん気で居よい家には違いなかった。けれど、ぼくにはどうしても馴じめない猫みたいに、この家が冷たくてならなかった。どこがと聞かれると答えも出ないが、硝子戸越しに往来を眺めていると、夕方など涙が出てきてしようがなかった。
他人の中を初めて嗅いだせいであろうか、倉どんと並んでいると、倉どんの体や座蒲団から腋臭をもっているような体臭が鼻をついてくるし、奥へ入ると日当りの悪い茶の間特有な冷たい匂いが身をひき緊め、勝手元へ立つとそこにも一そうつよい他人の家の匂いがする。わけて毎朝厭だったのは、二階の主人夫婦の寝間の掃除だった。