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Classici giapponesi con furigana

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にほんイデオロギーろん

日本イデオロギー論

戸坂 潤

Leggi 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) di 戸坂 潤 (とさかじゅん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 263.376 caratteri · 511 schermate

Aozora Bunko

吾々は文献学の問題に就いて、所謂言語学自身の問題は之を一応等閑に付してもいいことになるわけだが(事実、言語学は現今の思想の動向に対して直接の影響を有っていないから)、併し文献学が言語学的なものから全く独立なものでなく必ずどこかで之と交叉しなければならないという点は、どこまでも忘れてならない要所である。つまり文献学の問題は、後にどれ程それが古典や歴史や、又更に哲学自身の問題としてさえ生長しようとも、万一にも言葉の問題を離れてしまっては、もはやどこにも定位を有たなくなるわけで、大まかに云えば、言葉・言語と思想・論理との間から起きる困難が、文献学乃至文献学主義の問題を提起するのである。――事実を云えば文献学的研究と言語学的研究とが殆んど一つに結び付いている場合は決して少なくない。すでに先に云ったヴォルフがその先駆的な一例だが、十九世紀ではW・v・フンボルトが何よりもいい例である。言語の比較研究が彼に於ては直ちに古典芸術の理解や歴史記述の問題に連続するのであるが、それは彼の一種の比較言語学が同時に文献学の意義を有っていたからこそ出来たことだ。

処がフンボルトで見られるように、文献学と言語学との連関は普通、言語哲学と呼ばれるものによって最もよく特色づけられると考えられないでもない。