Classici giapponesi con furigana
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ほんじょまつざかちょう
本所松坂町
尾崎 士郎
Leggi 本所松坂町 (ほんじょまつざかちょう) di 尾崎 士郎 (おざきしろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 27.622 caratteri · 55 schermate
に君臨した家康にとっては、義定が武勲を立てようと立てまいと大した問題ではない、すっかり上機嫌になっていた家康は、唯、関ヶ原に出陣したというだけの理由で彼に、横須賀、吉田、鳥羽、一色その他の部落を合わせた吉良郷に、三千二百石の禄高をあたえた。破格にちかい恩典というべきであった。
上野介はその義定から四代目にあたる。いよいよ泰平の時代となってみれば、義定との関係がどうあろうにもせよ、江戸城内における彼の地位は牢として抜くべからざるものがある。
況んや、上野介は義定のような凡庸な男ではない。彼が将軍綱吉に謁見を賜わったのが十三歳のときであり、綱吉もまた彼と同じ十三歳であったから、長ずるにつれてその信任はひと方ならぬものがあったというのも当然であろう。十七歳にして従四位に叙せられたのも偶然ではない。十八歳で結婚したが、彼の女房は米沢十五万石、上杉弾正大弼綱勝の妹である。これと同時に上野介の長男三之助は上杉家の養子となって綱勝のあとを継いでいるし、長女鶴子は島津家に入って薩摩守綱貴の室となっている。
彼の代になってから四千二百石を拝領することになったが、しかし知行の多寡はもちろん、高家筆頭なぞという地位も表面の格式だけで、かつては百二十万石の雄藩、謙信入道の直系である東北の雄藩上杉と、九州の名門島津をうしろ楯として