Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

ja-reading.com

Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.

げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

Leggi 現代哲学講話 (げんだいてつがくこうわ) di 戸坂 潤 (とさかじゅん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 268.337 caratteri · 522 schermate

Aozora Bunko

そう見える時でも、夫は実は彼が認識論という名の下に、本来、人類の認識の歴史を問題にしているということの、一結果に他ならないのである。――レーニンによれば人類の認識の歴史の研究が即ち認識論なのであった。処が又彼によると、論理学というのは他でもない、この人類の認識の総和の、歴史的要約に他ならない。だからここで再び、カントとは違ったもっと一般的な根本的な意味で、論理学=認識論となるのである。――処が更に、前に私は、論理学がカントからヘーゲルを経てマルクス・エンゲルスに至ることによって、弁証法となった次第を述べておいた。レーニンが人間的認識の総和の歴史的要約と考えたものは、云うまでもなくこの弁証法に他ならなかったのである。だから認識論と論理学とは、更に、よく云われるように、弁証法と同一だということになって来るのである。

論理学・認識論及び弁証法の三つのものが同一だと云っても併し、もし夫が単に機械的に同一だというなら、三つを元来別な名前で呼ぶことが非科学的な筈だろう。併しこの三つのものが無論機械的に同一などではないということは、三つのものを導き出して来た、さき程からの叙述のコースを注意して見ればすぐ判る。