Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
Leggi 現代唯物論講話 (げんだいゆいぶつろんこうわ) di 戸坂 潤 (とさかじゅん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 251.295 caratteri · 490 schermate
という意味は、之まで常に形態が中心の問題であったというのである。生物は――何等かの現象としてであるよりも先に――まず第一に一つの個体として、之までの生物学諸分科の対象となって来た。生物は常に形態の所有者であるという側面から取り扱われて来た。その意味に於て、以上のものは要するに形態学に帰着するということが出来る。処で今や、之まで過程の概念にまで延長して来た形態の観念が、全く過程の概念に席を譲って了って、自分は背景に却き、その代りに過程概念を中心の問題とする、という条件が已に今までに用意されている、ことを注意しよう。今や生物は、形態を有った個体であるという側面からではなく(但し之は必要な条件なのであるが)、却って一個の過程の所有者であるという側面から、問題とされることが出来る(過程の所有者だという点でそれが個体であるという条件を已に充している)。生物は今や生命という過程の、生命という現象の――これはもはや個体ではなかった(前を見よ)――所有者となる。かくてこの場合の生物理論は生命現象の理論として現われることが出来る。このようなものが生理学なのである。