Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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せいかつといちまいのしゅうきょう

生活と一枚の宗教

倉田 百三

Leggi 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) di 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 69.276 caratteri · 137 schermate

Aozora Bunko

それがあるままで、しかもないのと同じ結果になってくる。西行の、

雲にただ今宵の月をまかせてむ

いとうとてしも晴れぬものゆえ

いとうても雲は晴れないから、今宵の月を雲に任せようという、「光雲無碍」ということであります。私も耳鳴りで苦しんだときにこのさわりがありながら、そのさわりを取り去るのでなくそういう境地になれるのだがなということを願ったわけであります。幾ら願いましても、わかっていても、どうしてもいけない。そのはからいの業縁が尽きましたときに、そのはからいというものがやみまして、そのときに私は耳鳴りというものから救われた。そのときの私の境地というものは、この歌や、和讃の文句の、このとおりになれたわけであります。真宗の親鸞の信仰というものはきっとこれだなということを感じたのであります。

それで私は清浄心というものにもまだはからいがある。それがつまり禅宗というものと真宗と違うところであると思う。真宗のほうでは清らかにする。そのままのところでそれが救われる。そういう親鸞の境地を悟ったということがわかったわけであります。なぜかというと、その強迫観念というものが治らなければ、私は廃人にならなければならない。