Classici giapponesi con furigana
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
Leggi 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) di 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 39.038 caratteri · 78 schermate
秋ふかき隣は何をする人ぞ 秋さびし手毎にむけや瓜茄子
塚も動け我が泣く声は秋の風
秋ふかき隣は何をする人ぞ
秋さびし手毎にむけや瓜茄子
芭蕉の心が傷んだものは、大宇宙の中に生存して孤独に弱々しく震えながら、葦のように生活している人間の果敢なさと悲しさだった。一つの小さな家の中で、手毎に瓜の皮をむいてる人々は、一人一人に自己の悲しみを持ってるのである。そしてこの悲しみこそ、無限の時空の中に生きて、有限の果敢ない生活をするところの、孤独な寂しい人間共の悲しみである。それは動物の本能的な悲哀のように、語るすべもなく訴えるすべもない。ただ寄り集って手を握り、互に人の悲しみを感じながら、憐れに沈黙する外はないのである。見よ。秋深き自然の下に、見も知らぬ隣人が生活している。そしてこの隣人の悲しみこそ、それ自ら人類一般の悲しみであり、併せてまた芭蕉自身の悲哀なのだ。
塚も動け我が泣く声は秋の風
芭蕉の悲哀は、宇宙の無限大なコスモスに通じている。蕭条たる秋風の音は、それ自ら芭蕉の心霊の声であり、よるべもなく救いもない、虚無の寂しさを引き裂くところの叫である。釈迦はその同じ虚無の寂しさから、森林に入って出家し、遂に人類救済の悟道に入った。芭蕉もまた仏陀と共に、隣人の悲しみを我身に悲しみ、友人の死を宇宙に絶叫して悲しみ嘆いた。