Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Leggi 万葉秀歌 (まんようしゅうか) di 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 213.820 caratteri · 427 schermate

Aozora Bunko

「衾道を」はどうも枕詞のようである。「引手山」は不明だが、春日の羽易山の中かその近くと想像せられる。

○

楽浪の志我津の子らが罷道の川瀬の道を見ればさぶしも 〔巻二・二一八〕 柿本人麿

吉備津采女が死んだ時、人麿の歌ったものである。「志我津の子ら」とあるから、志我津即ち今の大津あたりに住んでいた女で、多分吉備の国(備前備中備後美作)から来た采女で、現職を離れてから近江の大津辺に住んでいたものと想像せられる。「子ら」の「ら」は親愛の語で複数を示すのではない。「罷道」は此世を去って死んで黄泉の国へ行く道の意である。

一首は、楽浪の志我津にいた吉備津采女が死んで、それを送って川の瀬を渡って行く、まことに悲しい、というのである。「川瀬の道」という語は古代語として注意してよく、実際の光景であったのであろうが、特に「川瀬」とことわったのを味うべきである。川瀬の音も作者の心に沁みたものと見える。

この歌は不思議に悲しい調べを持って居り、全体としては句に屈折・省略等も無く、むつかしくない歌であるが、不思議にも身に沁みる歌である。どういう場合に人麿がこの采女の死に逢ったのか、或は依頼されて作ったものか、そういうことを種々問題にし得る歌だが、人麿は此時、「あまかぞふ大津の子が逢ひし日におほに見しかば今ぞ悔しき