Classici giapponesi con furigana
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
Leggi 万葉秀歌 (まんようしゅうか) di 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 213.820 caratteri · 427 schermate
結句多賀家可母多牟は、「手カケカモタム」(仙覚抄)、「高キカモタムニテ、高キハ夫ナリ。夫ハ妻ノタメニハ天ナレバ高キト云ヘリ」(代匠記)等と解したが、大神真潮が、誰笥歟将持の意に解し、古義で紹介した。「香具山は畝火を愛しと」の解と共に永久不滅である。但し、拾穂抄に既に、「誰が家か持たむ」の説があるが、「笥」までは季吟も思い及ばなかったのである。
第二の歌は、前にあった安蘇と同じ土地で、そこの河である。安蘇河の河原の石も踏まず、空から飛んでお前のところにやって来たのだ、何が何だか分からず宙を飛ぶような気持でやって来たのだから、これ程おもう俺にお前の気持をいって呉れ、というので、「空ゆと来ぬ」が特殊ないい方で、今の言葉なら、「宙を飛んで来た」ぐらいになる。巻十二(二九五〇)に、「吾妹子が夜戸出の光儀見てしよりこころ空なり地は踏めども」も、足が地に着かず、宙を歩いているような気持をあらわしている。
こういう歌は、当時の人々は楽々と作り、快く相伝えていたものとおもうが、現在の吾々は、ただそれを珍らしいと思うばかりでなく、技巧的にもひどく感心するのである。小楢の若葉の日光に透きとおるような柔かさと、女の膚膩の健康な血をとおしている具合とを合体せしめる感覚にも感心せしめられるし、「誰が笥か持たむ」