Classici giapponesi con furigana
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『せっかずせつ』のけんきゅう
中谷宇吉郎集 第二巻
中谷 宇吉郎
Leggi 中谷宇吉郎集 第二巻 (『せっかずせつ』のけんきゅう) di 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 83.098 caratteri · 172 schermate
しかし、維新の先覚者たちの蘭語が役に立っている所をみると、中等学校の英語も役に立っているのであろう。それは西洋の意識を覗かせてくれるという一番大切な点において役に立っているのであると自分には思われる。
落語に大きい茄子の話がある。「家位の大きさか」というと「いやいや」と答える。「それでは山位か」ときくと「どうして、どうして」という。よろしく問答があって「それでは一体どれ位の大きさなのか」という段になって「まるで闇夜にへたをつけたようだ」という話があるが、この笑いは私には日本の意識から生れたものと思われるのである。
ところでこの話とピクイック先生が、ある晴れた秋の朝、二階の窓から前の露路を眺めてはたと小膝を打つ場面とをくらべて見る。「なるほど、哲学はこの露路のようなものだ」と、先生は大真面目に感心するのである。「そうだ、奥行は長いが、なるほど幅は狭い。本当の人生の勉強には旅に出なければならない」と大決心をして旅行に出る。それを発端として展開されるあのディッケンスのユーモアは完全な英語の意識の一つの現われであろう。
この英語の意識はディッケンスを読むに足るだけの語学の知識はなくとも、現代の吾々には十分に感得出来るのである。