Classici giapponesi con furigana
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さかぐちりゅうのしょうぎかん
坂口流の将棋観
Leggi 坂口流の将棋観 (さかぐちりゅうのしょうぎかん) di Sakaguchi Ango (坂口 安吾) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 1966 caratteri · 4 schermate
ぬ、要するに、それだけの原則にすぎないものである。ところが、彼等は昔ながらの、いわゆる政治をやっておるにすぎず政治家の手腕だなどとツマラヌことを今もって考えている。まことに救われがたい人種である。
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しからば升田は強いか。強いけれども、たいして強いわけはない、升田や私は当然すぎる出発者というだけのことで、本当の文学とか将棋というものは、こゝから始まるだけのこと、捨て石、踏み台にすぎない。
谷崎、志賀の文章は、空虚な名文というものにすぎず、たゞ書き表わす対象にだけ主体のある私の文章にくらべて、ニセモノにすぎないものだ。けれども彼らは素質ある人々で、あの時代に生れたからあゝなっただけのこと、今の時代に青年であったら、私と同じ出発をはじめ、私などのおよびがたい新作品を書いているかも知れぬ。
木村対升田の場合も同じこと、木村はあの時代に育って、あゝなった。今、三十の新進であったらたぶん、升田と同じ原則から新風を起したに相違ない人物であるけれども、いったん出来た型は却々破られぬ。ことに木村の場合の如くに、名人を十年もやっては、もう一つの完成に達して、この型をハミ出したり、くずしたり、新出発することはむつかしい。