Classici giapponesi con furigana
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わたしはかいぎはだ
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Leggi 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) di 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 19.626 caratteri · 41 schermate
思想じゃ人生の意義は解らんという結論までにゃ疾くに達しているくせに、まだまだ思想に未練を残して、やはり其から蝉脱することが出来ずに居るのが今の有様だ。文学が精神的の人物の活動だというが、その「精神」が何となく有り難く見えるのは、その余弊を受けて居るんで、霊肉一致どころじゃない、よほど霊が勝ってる証拠だ。だからシンボリストでも、思想では霊肉一致だろうが自分の存在では未だ其処までは行って居らんよ。そんなら行き着いた先きは何うなるかと云うに、そりゃ想像は一寸付かん。第二義から第一義に行って霊も肉も無い……文学が高尚でも何でも無くなる境涯に入れば偖てどうなるかと云うに、それは私だけにゃ大概の見当は付いているようにも思われるが、ま、ま、殆ど想像が出来んと云って可いな。――ただ何だか遠方の地平線に薄ぼんやりとあかるく夜が明けかかっているような所が見えるばかりだ。
未知の神、未知の幸福――これは象徴派のよく口にする所だが、あすこいらは私と同じ傾向に来て居るんじゃないかと思うね。併し彼等はまるで今迄とは性質の変った思いもかけぬ神様や幸福が先きにあるように考えてるらしいが、私はそうは思わん。