Classici giapponesi con furigana
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ふたばていよだん
新編 思い出す人々
内田 魯庵
Leggi 新編 思い出す人々 (ふたばていよだん) di 内田 魯庵 (うちだろあん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 215.401 caratteri · 427 schermate
日本は二葉亭の注文通りにこの機会に乗じて驥足を伸べるどころか、火の子を恐れて縮こまって手も足も出ないでいる。偶々チョッカイを出しても火傷をするだけで、動やともすると野次馬扱いされて突飛ばされたりドヤされたりしている。これでは二葉亭が一世一代の芝居を打とうとしても出る幕がないだろう。
だが、実をいうと二葉亭は舞台監督が出来ても舞台で踊る柄ではなかった。縦令舞台へ出る役割を振られてもいよいよとなったら二の足を踏むだろうし、踊って見ても板へは附くまい。が、寝言にまでもこの一大事の場合を歌っていたのだから、失敗うまでもこの有史以来の大動揺の舞台に立たして見たかった。
ヨッフェが来た時、二葉亭が一枚会合に加わっていたらドウだったろう。あの会合は本尊が私設外務大臣で、双方が探り合いのダンマリのようなもんだったから、結局が百日鬘と青隈の公卿悪の目を剥く睨合いの見得で幕となったので、見物人はイイ気持に看惚れただけでよほどな看功者でなければドッチが上手か下手か解らなかった。あアいう型に陥った大歌舞伎では型の心得のない素人役者では見得を切って大向うをウナらせる事は出来ないから、まるきり型や振事の心得のない二葉亭では舞台に飛出しても根ッから栄えなかったろうが、沈惟敬もどきの何とかいう男がクロンボを勤めてるよりも舞台を引緊めた