Classici giapponesi con furigana
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
Leggi 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) di 戸坂 潤 (とさかじゅん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 263.376 caratteri · 511 schermate
カントの「純粋理性」批判は「ブルジョア的常識」の批判だったと見ることが出来る。なぜなら彼の問題は、人間悟性(理性)のどこまでが健全であり、どこから先が不健全な矛盾を暴露するか、にあったのであり、前者の場合(それが「分析論」だ)の健全な悟性が即ち常識のことに他ならず、後者の場合が之に反して「弁証法」と呼ばれたわけだからである。
そう考えて見ると、感性の「先天的直観」や理性の先験的「範疇」や、その結合と見做される先験的「根本命題」(公理)やが、例えば因果律に就いても判るように、リードの常識による直観的肯定を、如何に現象学的(?)に分析したものであるかに気付くだろう。カントの所謂形式主義は、この点から見れば、リード的な貴族主義的内容常識の制限を破って、之をブルジョア的な常識にまで一般化する企てと一致させることが出来る。彼はヒュームの懐疑論に対して、常識学派風の常識の独断(公理・ドグマ)の代りに、常識の批判を置いた。
カントによるブルジョア的常識の批判は、理性批判をするもの自身がその同じ理性だと云われているように、それ自身一種の(ドイツ的な)ブルジョア的常識に従っていると云わなくてはならぬ。