Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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ほんじょまつざかちょう

本所松坂町

尾崎 士郎

Leggi 本所松坂町 (ほんじょまつざかちょう) di 尾崎 士郎 (おざきしろう) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 27.622 caratteri · 55 schermate

Aozora Bunko

それも徳川家康の父広忠の代までは、横須賀村の東端、駮馬東条の街道にちかき丘の上に小なりとはいえ一城をまもるレッキとした城主であった。

徳川家とのつながりは、広忠が幼年の頃であるから、上野介の代から数えればそれほど遠い昔ではない。戦国乱世の習わしで、浮沈定めがたき運命に遭逢した徳川一家は四分五裂の窮境に陥ち、やっと十歳になったばかりの広忠は、時の東条城主吉良持広をたよって落ちのびてきた。

広忠の幼名は仙千代であるが、持広は身をもってこの一少年をかくまい、進んで仙千代のために烏帽子親となって、彼に元服させ名前の一字をあたえて広忠と名乗らせた。

昨日は人の身の上、今日はわが身の上である。家臣たちに迎えられて広忠が岡崎城に帰る日が来た頃には、吉良一族は、城主持広の歿後戦乱の波にもまれて今川勢の強襲に遭い、藤浪畷、鎧ヶ淵の戦いにもろくも敗れた。落城の惨苦を辛うじて逃れた当主義安の未亡人俊継尼は、亡き義安のわすれ形見、義定をつれて駿河を転々としていたが、永禄十二年、吉良荘に帰ることをゆるされ、瀬戸村にささやかな草庵を結んで侘しい生活をつづけていた。

そのことは、風のたよりで、どこからともなく、早くも三河一円に儼として勢威を保っている若き徳川家康の耳にも伝わってきた。