Lettura giapponese

Classici giapponesi con furigana

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おぼるるもの

溺るるもの

豊島 与志雄

Leggi 溺るるもの (おぼるるもの) di 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.

N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 17.690 caratteri · 36 schermate

Aozora Bunko

あたしははっとした。振向いてみると、男はねぼけた顔付で、不思議そうにこちらを見ていた。あたしは笑ってみせようとした。けれど、つぎほがわるく、またなさけなかった。頬辺を押えて顔を伏せた。

男はのっそり腹逼いになって、煙草を吸いだした。

「何をしてるの、そんなところで……。」

「歯が痛いのよ。」

「歯が痛い……?」

「あんまり痛むから抜いちゃったわ。癪にさわって……。」

云いかけてあたしはまた泣き出した。そこら中に当りちらしてやりたかった。どうにも我慢が出来なかった。

「歯が痛むくらい……、」と男は云っていた、「一寸医者に行ってくれば、じきになおる。……もう夜が明けてるよ。」

ほんとにもう夜が明けていた。窓のカーテンを開くと、室の中までぼーっと白み渡って、電燈の光が薄くなった。

「じゃあ一寸行ってくるわ。その代り、じきに帰ってくるから、待っててね。寝て待ってるのよ。屹度ね。」

そしてあたしは、慌てて着物を着て、裏口から飛び出していった。

薄曇りのどんよりした日だった。何だか夢の中のような朝の明るみだった。寒かった。淋しかった。いつまでも、どこまでも、そのまま歩き続けたかった。