Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
Leggi 現代唯物論講話 (げんだいゆいぶつろんこうわ) di 戸坂 潤 (とさかじゅん) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 251.295 caratteri · 490 schermate
――弁証法的唯物論の一部分としての唯物史観の定説は、社会を単に物質的な本質と見るばかりではなく、この物質的な社会を、歴史的発展を持つ弁証法的本質として、見ねばならない筈であった。唯物史観の定説に於ける唯物論のモメントは今や、その弁証法のモメントに結合されねばならぬ。そして之から吾々は、唯物史観の定説の内に、唯物史観の方法を織り込んで行かざるを得なくなるだろう。
唯物史観の・或いは一般にマルクス主義の・方法は唯物論的弁証法であった。それは一方に於て弁証法的方法であり、他方に於て唯物論的方法である。今この二つの規定を、唯物史観に於ける根本概念である処の、決定・規定・の概念に当て嵌めて検討して見よう。
弁証法としての唯物史観的方法は、存在たる社会を、固定静止したものと見ることを徹底的に排斥する。存在は凡て、弁証法的に・歴史的に、運動・変化・して止まない。だからその限り、無条件に固定した・超歴史的に永遠な・本質はあり得ない、従って又そう云った本質の諸関係である処の、存在の永久の構造の如きもあり得ない。弁証法とは凡そこのような機械的見解の正反対なのである。